豊砲台跡地に行って時代を感じてみる

  • 豊砲台
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    さくら さくら ♬

    やよいの空は みわたす限り(^^♪

    かすみか雲か においぞ出ずる🎶

    いざやいざや 見にゆかん♫

    みなさん桜が満開です。花見はしましたか?

    あ!どうも!編集部のユッピーです!!
    今回は長崎県対馬市上対馬町豊にある「豊砲台跡」に行って調べて来ました!!。

    豊砲台跡について


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    豊砲台は、朝鮮海峡に面し当時、軍事上要衛の地にあり、日本海及び朝鮮海峡の制海権を確実にするため、昭和四年五月に起工、五ヶ年の歳月を費やし完成したものである。
    この砲台は一般的に四十五口径四十センチ加農砲といわれ、長さ十八メートル五十センチの砲身ニ門が構築された。
    昭和九年三月、付帯施設を含む全ての工事が完了し、同時に試験射撃も行われ、名実
    ともに世界最大の巨砲であった。
    発射指令(観測所)は、現在の海上自衛隊上対馬警備所、西泊権現山、上県町棹崎にあって、潮の干満、潮流の速度、距離など測定され、また砲撃指令は空中、地下、海底の三方方式で伝達されていた。
    砲塔部及び地下室は、鉄筋コンクリート造りで、天井、脚壁の厚みは、爆撃に耐えられるよう二メートル以上、特に砲塔部は、三メートルの擁壁で保護されている。
    地下室は、操作用機械室、水圧用水槽などと区画され、往時の面影がしのばれる。
    この砲台も、実戦には、一発の弾丸も発射することなく終戦を迎え、昭和二十年十月米軍の爆破班により解体された。
    このような施設が二度と再び造られる時代のこないよう、人類永遠の平和を切望し、昭和五十九年十二月現状に復した。

    と、入口の看板に書いてありました。

    よく見ると、説明の中に黒く塗って消している部分があったので、調べてみました。
    「大正10年国際連盟軍縮条約により、戦艦「長門」が廃艦となり、その主砲を移管改造したもの」
    と書いてあり、これは仮説だったので消していると思われます。

    突入


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    暗い!!

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    写真ではフラッシュをたいているので明るく見えますが真っ暗です。一切何も見えません。

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    世界最大の大砲があったところへ

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    そりゃそうですよね


    取材も終わり、入口に戻って気づきました。
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    電気つくんかーい。みなさん電気つけないと本当に危ないので気をつけてくださいね。

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    豊砲台跡地に行って驚いたんですが、空気感がすごいです。
    今の時代、日本は平和でイメージできないんですが、確かに戦争をしていた時代がありその先の時代で私たちは生きているんだなと実感しました。
    色んな方が、ここに訪れて色んな物を感じてもらえたら嬉しいです。

    ありがとうございました。

    ユッピー
    記憶より記録を残したい孤高の独身貴族。
    ツシマトのムードメーカーであり、いじられ役。
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